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2013年10月6日日曜日

五色の舟(津原 泰水)



ジャンル :SF
ストーリー:5
文章力  :7
キャラ  :5
物語の魅力:7
総合   :6

今回は、津原 泰水の「五色の舟」。
漫画版がコミックビームで連載中です。

コミックビームと言えば、ついに「放浪息子」が終わってしまいましたね……
少し消化不良な幕切れにみえて、そこが本当に残念でした。
永遠に浸っていたい世界観だったのにな。

さて津原 泰水ですが、
ミステリとして評価が高いのはやはり「蘆屋家の崩壊」でしょうか。
どんでん返しが良い感じのミステリです。


今回レビューする「五色の舟」は、『11 eleven』に収録されている短編SFです。
舞台は戦時中。
未来を言い当てる"くだん"という生物を巡る、見世物の一家の物語です。

主人公の一家は皆、何らかの障害をもっています。
腕がなく耳の聞こえない僕、脱疽で足を切った父親、
萩尾 望都の『半神』のように身体が二つあり、死んだ片方を切り取って生き延びた桜など。

国じゅうが惨憺たる状態にあって、生半可な涙や笑いが受けようはずもない。人々のまなざしを爛々とさせられるのは、もはや僕らのような、圧倒的に惨めな存在だけだった。


一家は見世物の報酬で生きてます。
父親は金になる"くだん"を欲しがりますが、見つけた時には軍に接収されていました。

その後、父親を好いたために一家の面倒を見てくれていた医者の犬飼先生の力添えで、
僕はくだんに会うことになるのですが……

(以下ネタバレ部分反転)

初め、くだんは「未来を言い当てる、人の顔をした牛」として噂されます。
ですが最終的に明かされるくだんの正体は、
人を別の世界へと運ぶ装置
なようです。

タイトルの"舟"とは、
その世界の歴史のことです。
くだんの言い当てる未来は、航路と表現されます。

文章中の言葉を交えると、


内海を巡回する航路から見た海上の一点は、船の前とも後ろともつかない。
しかしくだんの生まれた座標は、この世界からは未来と感じられやすい。

歴史は、単純な円環とは限らないが、ぐるぐると内海を巡ることと等しい。
内海からは出られない。正確に言えば、外のことを感知できない。
しかし航路は無数に存在する。
その様子を俯瞰し、意図的な乗り換えを行うために未来人が拵えた装置が"くだん"。

くだんは海上の一点を漂い、その傍を様々な船が通過する。
その内の一艘が、主人公達の世界。


僕の来歴も、なかなか叙情的な言葉で表現されて良い感じです。

  物心がついたときには押し入れの闇にいた僕の、最初の外の記憶は、河原を吹く風と、満天の星空と、生い茂った草の向こうで息をしているようにゆったりと沈んでは浮かぶ、大きな舟の影だ。
  朝になって僕を見つけたお父さんは、快く舟の上に導いてくれた。

僕は、桜とともに
くだんの力で舟を乗り換える(別の世界線へ移動する)のですが、
そのことについて僕は次のように語ります(以下ネタバレ)。

  散歩で土手を通るたび、ふたりして僕らの舟が浮かんでいた場所を見下ろす。今の僕らの、最も幸福で、最もせつない時間だ。
  心の置き所の問題だと、犬飼先生はお父さんに解説していた。だとしたら、くだんは僕らを運びきれなかったに違いない。運びきる前に死んでしまったのだ。だって僕らの気持ちは相変わらず、あの悲惨な世界にある。僕と桜にとってはやがて爆弾によって終わってしまう、短く虚しい世界だったのかも知れないが、こちらのかりそめの自分が死んだら、また心はあそこに戻っていくという、確信めいた想いから僕は逃れられずにいる。

原作では最後、漫画版だと一番初めに綴られる言葉が、
どんなに悲惨な世界でも、そこは僕の居るべき世界だったのだという僕の心根を表しているのでしょうね。

『色とりどりの襤褸をまとった、あの美しい舟の上に』




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